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ルノワール10点写真プリントPC版と8x12版

花束

Photo(C) RMN-Grand Palais (musee de l'Orangerie) / Franck Raux /distributed by AMF-DNPartcom

花束

オランジュリー美術館所蔵

ピエール=オーギュスト・ルノワール

丸みのある花瓶に、バラなどの多彩な花が飾られている。花の色彩とちょうど補色になる緑の花瓶や青の背景が、花の華やかさを強調するように構成されている。色彩のバランスに重点を置いた作品といえよう。

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※購入ページのタイトル/ ルノワール_花束

桃

Photo(C) RMN-Grand Palais (musee de l'Orangerie) / Herve Lewandowski /distributed by AMF-DNPartcom

オランジュリー美術館所蔵

ピエール=オーギュスト・ルノワール

白い器に盛られた桃は、ちょうど今が食べ頃である。背景は、模様のあるカーテン、あるいはタピスリーであろうか。その複雑な模様が、画面の単調さを救っている。

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※購入ページのタイトル/ ルノワール__桃

読書する女

Photo(C) RMN-Grand Palais (musee d'Orsay) / Herve Lewandowski / distributed by AMF-DNPartcom

読書する女

オルセー美術館所蔵

ピエール=オーギュスト・ルノワール

窓際に腰掛けた若い女性が、一心に本を読んでいる姿を描いた作品。窓から差し込む陽光が本の白いページで反射し、彼女の髪や柔らかな頬、襟元のスカーフを輝かせている。モデルとなったのはマルグリット・ルグラン、通称マルゴという名の女性で、1875年以降たびたびルノワールの作品に登場する。しかしマルゴは1879年に、まだ20代の若さで亡くなった。

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ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会

Photo(C) RMN-Grand Palais (musee d'Orsay) / Herve Lewandowski/ distributed by AMF-DNPartcom

ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会

オルセー美術館所蔵

ピエール=オーギュスト・ルノワール

当時のモンマルトルは、オスマンのパリ改造計画を受けて都市化が進み、カフェやダンスホールなどが次々に立ち始めていた。中でもムーラン・ド・ラ・ギャレットは古い風車の傍らにオープンしたダンスホールで、酒を飲み、楽しく語らい、自由に踊れる人気の場所だった。ルノワールはアトリエから大きなカンヴァスを運び込み、友人たちをモデルにこの大作に取り組んだ。庭園に集まった人たちの熱気とざわめきが伝わってくるような、臨場感に溢れた作品である。印象派が得意としたパリ市民の娯楽のテーマを扱った絵で、1877年の第3回印象派展に出品された。

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※購入ページのタイトル/ ルノワール__ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会

ぶらんこ

Photo(C) RMN-Grand Palais (musee d'Orsay) / Herve Lewandowski /distributed by AMF-DNPartcom

ぶらんこ

オルセー美術館所蔵

ピエール=オーギュスト・ルノワール

《ムーラン・ド・ラ・ギャレット》(1876年、オルセー美術館)とほぼ同時期に描かれた作品。ぶらんこにつかまっているのは、モンマルトルのお針子ジャンヌ、背中を見せている男は、ルノワールと親しかった画家ノルベール・グヌートである。ルノワールは、男性の上着や女性の白いドレス、あるいは地面に、紫から青の影や白い光の斑点を大胆に配置して、木漏れ日の効果を追求している。この試みは、大作《ムーラン・ド・ラ・ギャレット》の中で、見事に活かされている。

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アルフォンシーヌ・フルネーズ

Photo(C) RMN-Grand Palais (musee d'Orsay) / Herve Lewandowski/distributed by AMF-DNPartcom

アルフォンシーヌ・フルネーズ

オルセー美術館所蔵

ピエール=オーギュスト・ルノワール

セーヌ川の中の島にあったレストラン・フルネーズは、有名な水浴場ラ・グルヌイエールに隣接し、パリ市民の憩いの場であった。ルノワールも画家仲間や友人たちとしばしば訪れ、レストランの経営者であったフルネーズ父娘とも懇意になった。この作品のモデルになったのは、娘のアルフォンシーヌで、セーヌ川を望むテラスに腰掛けてポーズを取る。彼女の白いドレスやテーブルクロス、ナプキンが、陽光を浴びて輝いて見える。2年後の夏に描かれた大作《舟遊びの人たちの昼食》(フィリップス・コレクション)にも、アルフォンシーヌは登場し、同じテラスにもたれかかるようにして微笑んでいる。

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※購入ページのタイトル/ ルノワール__アルフォンシーヌ・フルネーズ

田舎のダンス

Photo(C) RMN-Grand Palais (musee d'Orsay) / Herve Lewandowski /distributed by AMF-DNPartcom

田舎のダンス

オルセー美術館所蔵

ピエール=オーギュスト・ルノワール

野外のカフェで楽しそうにダンスをする男女を描いた作品である。赤い帽子を被り、扇を持った健康そうな娘は、ルノワールの妻アリーヌ・シャリゴ。一方、背中を見せて踊る男性は、ルノワールの友人ポール・ロトである。縦長の比較的大きな画面に描かれた作品は、《都会のダンス》とは対照的に暖色が主体となり、若さや生きる歓びがせつせつと伝わってくる。前年に結婚した若妻アリーヌの、幸福感に溢れた表情が印象的ある。

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※購入ページのタイトル/ ルノワール__田舎のダンス

都会のダンス

Photo(C) RMN-Grand Palais (musee d'Orsay) / Herve Lewandowski /distributed by AMF-DNPartcom

都会のダンス

オルセー美術館所蔵

ピエール=オーギュスト・ルノワール

《田舎のダンス》とは対照的に、白を基調とする寒色系の色彩でまとめられ、洗練されたサロン風の室内が舞台となっている。上品な白のドレスを身につけた女性のモデルは、後に画家モーリス・ユトリロの母となるシュザンヌ・ヴァラドン(1865-1938)。ヴァラドン自身も、アンデパンダン展に出品するほどの画家だった。また顔が半分隠れた男性は、《田舎のダンス》と同様にポール・ロトである。この時期は「アングル風の時代」ともいわれ、ルノワールがアングルの描線をお手本に、形を定着させる方法を模索し続けた時代であり、この作品にもそうした試みが反映されている。

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ジュリー・マネの肖像(猫を抱く子供)

Photo(C) RMN-Grand Palais (musee d'Orsay) / Herve Lewandowski / distributed by AMF - DNPartcom

ジュリー・マネの肖像(猫を抱く子供)

オルセー美術館所蔵

ピエール=オーギュスト・ルノワール

猫を抱いた少女は、女流画家ベルト・モリゾと画家エドワール・マネの弟ウジューヌ・マネの一人娘。母モリゾも娘の肖像画を描いているが、この作品は親交のあったルノワールが描いた。ルノワールは印象派風の柔らかなタッチに加えて、顔の部分などはイタリアで見たラファエロや古代美術の影響もあって古典派風の輪郭線のはっきりした筆致で描いている。ジュリー・マネもその後画家として活躍するが、彼女が14歳からつけた日記は「印象派の人びと ジュリー・マネの日記」として当時のフランス美術界を知る貴重な資料となっている。

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ピアノを弾く娘たち

Photo(C) RMN-Grand Palais (musee d'Orsay) / Herve Lewandowski /distributed by AMF-DNPartcom

ピアノを弾く娘たち

オルセー美術館所蔵

ピエール=オーギュスト・ルノワール

詩人ステファヌ・マラルメの熱心な勧めがあり、ルノワールは国家から注文を受けて、この作品を制作した。ほぼ同じ構図の油彩が数点存在するが、この作品の完成度が一番高い。裕福な家庭の室内で、楽譜を目で追いながら、右手でメロディーをピアノで奏でる娘たち。モデルは特定されていないが、当時の上流階級の趣向が、娘たちの服装や室内の細部に現れている。線と形を重んじた1880年代のルノワールの様式から、より自由な筆触と色彩へと移行する時期の作品である。この作品が制作された1892年には、デュラン=リュエル画廊でルノワールの展覧会が開かれ、大成功を収めた。

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※購入ページのタイトル/ ルノワール__ピアノを弾く娘たち